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1 番〜 4 番を表示 (全 4 枚)



林則徐記念館

林則徐記念館高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:8596  
林則徐は清朝の役人でイギリスとのアヘン戦争のきっかけを作った歴史上の人物。 清王朝がアヘン取締りのために欽差大臣として林則徐を広州に派遣したのは1838年。 林則徐はイギリス商人が所有していたアヘン2万箱を没収し、石灰と海水に浸して処分した。(歴史書の一部で焼き尽くしたとあるが、アヘンを焼くと煙が害があるので誤りらしい。) これが引き金になり、アヘン戦争が起こり中国は多大な損害を受ける。 ただ現在では、アヘンと戦い、またイギリス艦隊と堂々と戦った林則徐は民族的英雄として称えられている。 この林則徐記念館(林則徐束祠堂)では林則徐の生涯の足跡を、人形や写真等を駆使して解りやすく陳列してある。
緯度 : 26.07914172 / 経度 : 119.29770470 / ズーム : 14

 


三坊七巷(表通りの景観)

三坊七巷(表通りの景観)高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:9356  
明・清代からの現在まで歴史が続く町並。 三坊七巷とは衣綿坊、光禄坊、文儒坊の三坊と、楊僑巷、郎官巷、黄巷、安民巷、宮巷、塔巷、吉庇巷の七巷を指す。 坊も巷も、道を挟んで並ぶ狭い地域の呼名(地名)であるが、坊は役人や文人などが多く住んでいたところで、巷は庶民が住んでいた下町といった感じだろうか。 清末の皇帝溥儀の先生をしていた陳宝深は、文儒坊に住んでいたと言われている。 現在の街並は整備されすぎて表通りは商店が並ぶ綺麗な街になりすぎて、やや歴史的な趣は失いつつあるように思う。 観光の一環として立ち寄るには良い場所。
緯度 : 26.07929590 / 経度 : 119.30251122 / ズーム : 14

 


三坊七巷(裏通りの景観)

三坊七巷(裏通りの景観)高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:9286  
明・清代からの現在まで歴史が続く町並・三坊七巷も表通りは商店が並ぶ綺麗な街になりすぎているが、裏通りに入れば、まだ古い家が軒を並べているし、生活感のあるところも多い。 ただ改築をするとかで住んでいないところも多く、今後どのような街に生まれ変わるのか気になるところでもある。 
緯度 : 26.07914172 / 経度 : 119.30259705 / ズーム : 14

 


福州市

福州市高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:8830  
福建省の省都で、榕城とか三山などの呼名がある。榕城とは北宋の時代に榕樹をたくさん植えたことに由来し、三山は干山、屏山、烏石山の小高い丘があることに由来する。明代まで世界有数の港湾と言われた泉州の港が泥砂で浅くなったことなどにより、泉州にあった市舶司(貿易関連の役所)が福州に移されてからは更に発展し、明〜清代末にかけて福州港は交易で栄えた。 特に琉球と近いこともあり、琉球からの朝貢貿易という形で頻繁に交易があったと言われ、当時利用されていた琉球館、琉球墓園が現在復元されて残されている。 福州市の観光としては、榕城双塔と呼ばれる定光塔と烏塔、開元寺、西禅寺、林則徐記念館などがある。
緯度 : 26.07652056 / 経度 : 119.37744141 / ズーム : 6

 


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