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アルバムトップ : 辺境(シルクロード・チベットなど) : トルファン : 


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1 番〜 10 番を表示 (全 10 枚)



ウイグル人の街・トルファン(概要)

ウイグル人の街・トルファン(概要)高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7243  
シルクロードもトルファンまでくると漢民族からウイグル族に主役が代わる。西安から敦煌あたりまでのシルクロードの各街は漢民族が軍隊を駐屯させたことからできた漢民族の街がほとんどであるが、トルファンから西のトルファン、クチャ(庫車)、カシュガル(喀什)はウイグル族の街になる。従って顔も漢民族とは異なり、眼の色は青く、ウイグルの民族衣装に、民族楽器を鳴らす姿からは中国を連想しにくい。 イスラム文化圏になり豚肉は食べずに羊肉を好み、モスクでは西に向いて祈り、腰には伝統的な民族ナイフを携える者も多い。敬虔なイスラム教徒も多いが、夏の夜には店の前のテーブルでビールとシシカバブーを楽しむなど柔軟な人も増えてきている。 トルファンにも大きなバザールが毎日開かれているので、散策すればよりウイグルの生活を身近に感じることと思う。
緯度 : 42.95139694 / 経度 : 89.14855957 / ズーム : 11

 


交河故城

交河故城高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:6323  
交河故城はトルファン市街地の西10kmの2本の河によって削られた渓谷の真ん中の丘陵上にある。交河故城は東西300m、南北1650mの城塞都市で、東西が崖によって守られた天然の要塞のような地形にあるため「崖城」という意味の呼名もある。古代、シルクロードを旅する際に必ず通る場所にあった重要なところで、漢代には車師国として栄えていたが、50kmほど東に高昌故城ができると次第に勢力は東に移っていったと言われる。ただ軍事的な重要性は高く唐代には唐王朝の安西都護府とされるなど、異民族と漢民族の狭間にあって栄枯盛衰を繰り返した歴史があるという。
交河故城内には寺院跡や井戸などの遺跡の他、墓地などもあり数多くのミイラも発掘されている。
緯度 : 42.95315594 / 経度 : 89.08058167 / ズーム : 9

 


ベゼクリク千仏洞

ベゼクリク千仏洞高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:6602  
トルファン市街地の東45kmの火焔山の東側の麓の崖のところに掘られた石窟。大半が壊れてしまっており、現存するのは57窟で、それらも探検隊による盗掘やウイグルによる破壊などにより壁画等に損傷を受けたものが多い。 洞窟の壁画は唐代に描かれたものが多く、壁画は敦煌莫高窟の技法に似ていると言われている。千仏洞の歴史的な価値よりも観光客にとっては、ここから見る景観の方が印象に残ると思われる。火焔山のような何も育たない山の一角にありながら、ベゼクリク千仏洞の下の渓谷には木々が茂っている。 千仏洞と砂丘と川と緑が一つとなった景色は日本人には新鮮な感覚だと思う。
緯度 : 42.95717631 / 経度 : 89.54132080 / ズーム : 10

 


ベゼクリク千仏洞前の砂丘

ベゼクリク千仏洞前の砂丘高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7564  
トルファンの街を東に向かい、火焔山を左手に眺めながら走り、左に折れて渓谷沿いの道を上がっていくとベゼクリク千仏洞の前に小高い砂丘が見えてくる。ベゼクリク千仏洞の駐車場から見上げると10分くらいで上れそうに思えるうえ、さらさらの黄色い砂の丘を上り詰めたところの火焔山やその背後に聳える天山山脈の景観をイメージしてしまうため、どうしても登りたくなってくる。20分くらい余裕をつくってチャレンジしてみるが思ったより高く、登っても登ってもなかなか頂上に達しない。過去2度チャレンジしたが時間不足で7合目程度まで。 自由な旅が好きなグループであれば、1時間ほど余裕をもって計画して是非登っていただきたい。
緯度 : 42.95742758 / 経度 : 89.54029083 / ズーム : 10

 


アスターナ古墳群

アスターナ古墳群高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7117  
アスターナ古墳群は高昌故城の北に位置し、高昌国が栄えた6〜7世紀頃の国主やその家族や武将らの墓で敷地の中には数百もの墓が存在するという。墓の中からはミイラ以外にも陶器や貨幣、織物なども発掘されて当時の様子を想像することができるという。現在は墓の中のミイラや出土品の多くは博物館等に移されているが、観光用に幾つかの墓には入ることができる。沙漠の穴の中に石段で降りてゆくと夏でも涼しげな墓室が現れるが、レプリカではあるが当時描かれた壁画を見ることができる。
緯度 : 42.89093229 / 経度 : 89.55745697 / ズーム : 10

 


カレーズ(地下水道)

カレーズ(地下水道)高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7273  
カレーズはトルファン盆地の命の水。トルファンの北側に聳える天山山脈の雪解け水が地下水となって流れる。その地下水脈に竪穴を掘り、そこから街まで竪穴と横穴をつないで水道をつくったものがカレーズ。トルファンの街だけでも何十本ものカレーズが引かれ街の水路へと導かれて葡萄畑を潤している。そこから引かれる水は飲料水であり、灌漑用水であり、また洗濯にも使わせれる生活用水でもある。 つまり生活のすべてはこのカレーズが源になっている。 天山山脈の麓にはトルファン同様にオアシスの街ができるが、カレーズ等の水が届かなくなったところは荒涼とした沙漠となりタクラマカン砂漠に呑み込まれてゆく。
緯度 : 42.95340722 / 経度 : 89.14890289 / ズーム : 12

 


火焔山

火焔山高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:6642  
孫悟空で有名な火焔山は、この山がモデルと言われている。孫悟空は空想の人物であるが、玄奘三蔵は実際にこの地を訪れ、トルファンの高昌故城に一時滞在した。赤褐色のこの山は夏の40度近い気温の時の地表温度は70度とも80度とも言われている。草木が一本も見れない山の景観は日本人にとっては印象に残るものである。
緯度 : 42.94838140 / 経度 : 89.37927246 / ズーム : 10

 


葡萄溝の葡萄棚

葡萄溝の葡萄棚高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7894  
トルファンと言えば葡萄(ぶどう)の産地として有名で、一年の気温差の激しいこの地域は葡萄の生産に適していると言われている。夏の強い日差しで干される干し葡萄はとても甘く土産物に最適。葡萄の観光地として葡萄農園を観光施設化した葡萄溝がトルファン郊外にあり、のんびりとワインを飲んだり整備された公園内を散歩したりできる。 ただ時間が限られている観光客にとっては、トルファンの市内の至る所で葡萄棚や葡萄畑、葡萄の乾燥小屋など見ることができるので、それで充分かも知れない。
緯度 : 42.99359899 / 経度 : 89.24571991 / ズーム : 12

 


高昌故城

高昌故城高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:5436  
漢の武帝が西域に兵を派遣した際にこの地に群を置いたのが起源で、その後491年に漢民族の麹文泰が高昌国として独立したと言われている。628年頃、玄奘三蔵も天竺(インド)に向かう途中暫く滞在した時期は最も栄えていた時期であり、その後唐王朝と西域諸国の勢力の狭間にあって盛衰を繰り返した。現在は無数の崩れかけた建物の壁が残り当時の面影を感じさせてくれる。
トルファンの街の東側で車で約1時間。アスターナ古墳群、ベゼクリク千仏洞と近いので通常は半日かけてこの三ヶ所を見学する。
緯度 : 42.86520741 / 経度 : 89.55943108 / ズーム : 10

 


蘇公塔

蘇公塔高ヒット
作成者:staff_t     ヒット数:7311  
1779年建設されたイスラム建築様式の建築物。当時の吐魯番群の為政者によって建設されたもので、漢民族では無かったが清朝から蘇来満(スレイマン)と中国名で呼ばれたことから蘇公塔と呼ばれる。
緯度 : 42.94084190 / 経度 : 89.18426514 / ズーム : 5

 


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